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横浜家庭裁判所 昭和47年(家イ)870号 審判 1973年10月02日

国籍 中国 住所 横浜市鶴見区

申立人 林花江(仮名)

国籍なし(元中国)住所 仙台市

相手方 林一夫(仮名)

主文

申立人と相手方との間に親子関係の存在しないことを確認する。

理由

本件の原因事実は次のとおりである。

申立人の林久美(元本籍神奈川県横須賀○○町○○番地筆頭者田中治の三女久美子)は、昭和三一年五月二一日当時中華民国の国籍を有していた相手方と婚姻して同国の国籍を有するに至つたため、同日日本国籍を離脱した。ところが、相手方は刑事事件により昭和三三年一〇月から昭和三八年一〇月まで受刑入所し、同人出所後も久美が実家に帰つていて一切の交渉を拒んだため、事実上の離婚状態が続いた後、昭和四〇年九月三〇日当裁判所川崎支部における調停を経て、同年一〇月八日中華民国横浜総領事への離婚届出を了した。この間昭和三九年二月九日久美は申立外大田治郎と挙式同棲し、事実上の夫婦として生活するうち妊娠して、昭和四〇年五月二七日申立人を分娩した。久美は昭和四一年一一月中華民国の国籍を離脱して現在わが国に帰化申請手続中であり、相手方も昭和四七年一〇月中華民国国籍を離脱した。

昭和四八年九月一七日午前一〇時の本件調停期日において当事者間に主文同旨の合意が成立し、かつ、上記原因事実についても争いがない。

ところで、当裁判所の調査によれば、申立人および相手方は日本の国籍を有しないけれども、いずれも日本国内において出生し、かつ、日本国内に住居を有し、永住の意思をもつて居住していることが明らかであるから、本件についてはわが国の裁判所が裁判管轄権を有するものというべきである。

よつて審案するに、当庁家庭裁判所調査官嶺岸起志夫、同大西潤平各作成の調査報告書、本件記録ならびに横浜地方裁判所昭和四六年(タ)第九八号親子関係不存在確認事件記録に編綴されている関係書類および申立人法定代理人林久美、相手方の各審問の結果によれば上記原因事実が十分認められ、これによれば、申立人は上記大田治郎の子であつて、申立人と相手方との間には父子としての血縁関係が存在しないことが明らかである。

ところで、本件は申立人と相手方との間に嫡出親子関係の存在しないことの確認を求めるものであるから、法例一七条により、申立人の出生当時における相手方の本国法に準拠すべきところ、中国にはその全領域を実効的に支配する統一的法秩序が存在せず、中華人民共和国政府と中華民国政府がそれぞれの支配地域に独自の法秩序を形成している実情にあるから、中国人の本国法として適用すべき法の決定にあたつては、法例二七条三項の趣旨を類推して、当該本人の現在の住所、居所、直近最後の住所、居所、さらには本人の意思を基準にして決すべきものと解するのが相当である。しかして、本件相手方は、昭和九年二月一三日日本国内において出生して以来国外に出たことさえなく、引続き日本国内に住所を有し、永住の意思をもつて居住していることが調査の結果によつて明らかであるから、結局相手方の意思すなわち相手方が中華人民共和国、中華民国のいずれの政府の支配に服する意思を有していたと客観的に認められるかによつて本件に適用すべき法を決定するほかはないが、相手方が申立人の出生した昭和四〇年五月当時中華民国の国籍を有していたことは前にみたとおりであつて、相手方は同国政府の支配に服する意思を有していたものと認めるほかはないから、結局中華民国法をもつて本件に適用すべ相手方の本国法とすべきである。

中華民国民法によれば、婚姻関係により受胎して生れた子が婚生子(嫡出子)とされ(一〇六一条)子の出生の日からさかのぼつて一八一日から三〇二日までを受胎期間とし(一〇六二条)、妻が婚姻関係存続中に受胎した子は婚生子(嫡出子)と推定されるが(一〇六三条一項)、夫が受胎期間中妻と同居しなかつたことを証明できるときは否認の訴(訴提起期間は子の出生を知つてから一年以内とされる。)を提起することができるものとされている(一〇六三条二項)。

そこで申立人が同国法上嫡出の推定を受けるかどうかについて考えるに、一般に嫡出推定の制度は夫婦の同棲という正常な生活関係の存在を前提とするものというべきであつて、たとえば、夫の失踪、在監、外国滞在または夫婦の事実上の離婚など、懐胎期間中夫婦の同棲がなかつたことが外観上明白な事実関係があり、妻が夫の子を懐胎することが不可能と認められるときは、この制度の基礎が失われることになり、その子については嫡出の推定は及ばないものと解すべきである。このような解釈は一見上記のような中華民国民法の文理に反するかのようにみえるけれども、同法の解釈として同様の見解をとる立場もあり、いやしくも実親子関係については真に親子としての血縁関係の存在するところに法律上の親子関係を成立させることが普遍的な条理に適うものと解すべきであり、同法もこの基本的立場を否定するものではないと解される(このことは同法一〇六二条第二文、一〇六六条の規定などから窺うことができる。)から、この解釈を妨げないものというべきである。(ちなみに、当裁判所の調査によれば、相手方は、昭和四七年一月七日頃上記横浜地方裁判所昭和四六年(タ)第九八号親子関係不存在確認事件の訴状副本の送達を受けはじめて申立人の出生を知り、同月二五日午前一〇時の第二回口頭弁論期日において、申立人が相手方の子でないことを認める旨の陳述をしたことが認められる。)しかして、上記認定のとおり申立人の母久美が申立人を懐胎した当時久美と相手方とは事実上の離婚状態にあつたのであるから、申立人については嫡出の推定が及ばないというべきである。

ところで、中華民国法上、かかる嫡出の推定を受けない子について親子関係の存否を争う方法に関する規定は不明であるが、親子関係の成立に関して同国と類似の法制を有する法廷地法たるわが民法上、かかる場合には当事者の一方が通常の親子関係不存在確認の訴を提起し得るものと解されているから、中華民国法の適用上もこの立場によるべきものと解される。そして、一般に訴訟手続については法廷地法によるべきであるから、本件についてはわが国の家事審判法二三条による審判が許されることは明らかである。

よつて、調停委員新井正義、同岩倉良子の意見を聴いた上、主文のとおり審判する。

(家事審判官 魚住庸夫)

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